腰痛の常識が変わる?知っておきたい「腰痛の10の事実」

腰痛は、日本人にとって非常に身近な症状のひとつです。
厚生労働省の国民生活基礎調査でも、「腰痛」は男女ともに自覚症状の上位に入っています。つまり腰痛は、特別な人だけに起こるものではなく、多くの人が一度は経験する可能性のある症状です。(厚生労働省)

世界的にみても腰痛は非常に多く、WHOによると2020年には約6億1900万人が腰痛を経験し、世界で障害を引き起こす最大の原因のひとつとされています。(世界保健機関)
まさに「国民病」と呼んでも不思議ではありません。
しかし、これだけ身近な腰痛について、私たちは意外と多くの「思い込み」を持っています。
「骨がすり減っているから痛い」
「ヘルニアがあるから痛い」
「姿勢が悪いから痛い」
「体幹が弱いから腰痛になる」
「痛いなら動かさない方がいい」
こうした考え方は、現在の腰痛研究では必ずしも正しいとはされていません。
腰痛は大きく2つに分けて考えます
腰痛を考える際、まず重要なのは、重大な病気などによって生じている腰痛と、それ以外の腰痛を見分けることです。
腫瘍、感染症、骨折、炎症性疾患など、明確な疾患によって腰痛が起きている場合には、その原因に対する医療が必要です。
一方、実際の腰痛では、画像検査をしても「この組織が痛みの原因です」と一つに特定できないケースが非常に多くあります。
WHOでは、こうした非特異的腰痛が腰痛全体のおよそ90%を占めるとしています。(世界保健機関)
ここで大切なのは、
「原因が分からない=気のせい」ではない
ということです。
痛みは本当に存在しています。
ただし、その痛みを「骨・筋肉・椎間板などの損傷だけ」で説明できるとは限らない、という意味です。
現在では、身体的な要因だけでなく、睡眠、ストレス、不安、活動量、仕事、人間関係、痛みに対する恐怖なども含めて腰痛を考える「生物心理社会モデル」が重視されています。
特異的な腰痛なら、すぐ手術なの?
ここも誤解されやすいところです。
病名がついたからといって、必ず手術になるわけではありません。
例えば椎間板ヘルニアであっても、症状や神経所見によっては保存療法で経過をみることがあります。NICEのガイドラインでも、坐骨神経痛に対する手術は、保存的治療を行っても痛みや機能が改善せず、画像所見と症状が一致する場合などに検討するとされています。
ただし、
- 大きな外傷の後に激しい腰痛が出た
- 発熱を伴う
- 急激に脚の力が入りにくくなった
- 排尿・排便の異常が出た
- 会陰部の感覚がおかしい
- がんなどの既往があり、新しい腰痛が出た
といった場合は、鍼灸やマッサージを先に行うのではなく、医療機関での評価が優先されます。
論文から知る「腰痛の10の事実」

ここから紹介するのは、British Journal of Sports Medicineに掲載されたPeter O’Sullivanらの
「Back to basics: 10 facts every person should know about back pain」
という論文・インフォグラフィックです。
簡単に訳せば、
「腰痛について、すべての人が知っておきたい10の事実」
です
1.腰痛は怖く感じても、命に関わる病気であることはまれ
腰痛は非常につらく、仕事や家事ができなくなることもあります。
しかし、重大な疾患が除外されている一般的な腰痛であれば、腰痛そのものが命を脅かすことは通常ありません。
また、
「このまま歩けなくなるのでは?」
と不安になる方もいますが、腰痛があるからといって、そのまま車いす生活になるわけではありません。
2.年齢を重ねること自体が腰痛の原因ではない
「歳だから腰が痛いのは仕方ない」
これは、よく聞く言葉です。
確かに加齢によって身体にはさまざまな変化が起きます。しかし、年齢だけで腰痛の程度が決まるわけではありません。
研究では、多くの腰痛は改善することが分かっており、年齢に関係なく運動や適切なセルフケアは役立ちます。
3.痛みが長引いても、組織が壊れ続けているとは限らない
捻挫や筋損傷など、多くの組織損傷は時間とともに修復していきます。
それにもかかわらず、数か月以上痛みが続くことがあります。
この場合、
「まだ傷が治っていない」
と単純に考えるのではなく、神経系の過敏さ、ストレス、睡眠不足、活動量の低下、痛みに対する不安などが関係している可能性があります。
慢性痛では「損傷の程度」と「痛みの強さ」が必ずしも一致しません。
4.MRIやレントゲンだけでは腰痛の原因は分からないことが多い
MRIを撮ると、
「椎間板が膨らんでいます」
「変性があります」
「関節がすり減っています」
などと言われることがあります。
ここで重要なのは、こうした画像上の変化は、痛みがまったくない人にもよく見られるということです。
そのため画像所見だけで、
「これが痛みの原因です」
とは言い切れません。
NICEでも、一般的な腰痛に対して routine に画像検査を行うことは推奨しておらず、検査結果によって治療方針が変わる場合などに検討するとしています。
5.動いたときに痛くても、「傷めている」とは限らない
腰痛が長引くと、
「痛い=危険」
と身体が学習してしまうことがあります。
その結果、前屈しただけでも痛い、立ち上がるだけでも怖い、という状態になることがあります。
しかし、痛みが出ることと、組織を壊していることは同じではありません。
無理のない範囲から少しずつ身体を動かしていくことは、腰痛改善にとても重要です。
6.「姿勢が悪いから腰痛になる」とは限らない
猫背、反り腰、骨盤の傾きなどを指摘され、
「この姿勢だから腰痛なんです」
と言われた経験がある方もいるかもしれません。
しかし、現在の研究では、特定の姿勢が腰痛を予測するとは考えられていません。
良い姿勢を一つ決めるより、
同じ姿勢を長時間続けず、いろいろな姿勢を取れること
の方が大切です。
7.「体幹が弱いから腰痛になる」とは限らない
腰痛になると、
「腹筋が弱いからです」
「体幹を固めましょう」
と言われることがあります。
もちろん体幹の筋力は大切です。
しかし、腰痛の人の中には、むしろ腰を守ろうとして腹筋や背筋を必要以上に緊張させ続けている人もいます。
重要なのは、
力を入れる能力だけではなく、必要のないときに力を抜ける能力
です。
8.腰は動かしたり負荷をかけたりすると「すり減る」わけではない
身体は負荷に適応する能力を持っています。
筋肉がトレーニングによって強くなるように、背骨やその周囲の組織も適切な負荷に適応します。
曲げる、ひねる、走る、物を持ち上げる。
これらの動作そのものが悪いわけではありません。
大切なのは、いきなり無理をせず、徐々に負荷を増やすことです。
9.痛みが急に強くなっても、「また壊した」とは限らない
慢性腰痛では、急に痛みが強くなる「フレアアップ」が起こることがあります。
そのとき、
「またヘルニアが悪化した」
「腰を傷め直した」
と考えてしまいがちです。
しかし、痛みの増悪は必ずしも新しい組織損傷を意味しません。
睡眠不足、ストレス、不安、疲労、急な活動量の変化などでも痛みは強くなることがあります。
10.注射・手術・強い薬だけが答えではない
長引く腰痛に対して、
「もっと強い薬を」
「注射を」
「手術を」
と考えることがあります。
もちろん、医学的に必要な場合にはそれらが重要な治療になることもあります。
一方、慢性腰痛の多くでは、教育、運動、睡眠、心理面、生活習慣などを組み合わせたアプローチが大切です。
WHOも慢性一次性腰痛に対して、教育、運動、一部の徒手療法、心理療法などを組み合わせ、身体・心理・社会的要因を含めて本人中心に対応することを推奨しています。慢性腰痛に対するオピオイドの常用については推奨していません。(世界保健機関)
では、鍼灸や徒手療法にできることは?
ここで私たち施術者が大切にしたいのは、
「痛みを取ること」だけをゴールにしないこと
だと思います。
慢性的な腰痛では、身体への刺激によって一時的に痛みを軽減することも大切ですが、それと同時に、
「動いても大丈夫だった」
「思ったより腰は丈夫だった」
「この動作をしても壊れないんだ」
という安心感を取り戻していくことが、とても重要です。
徒手療法についても、NICEでは運動などと組み合わせた治療の一部として検討されています。一方、鍼灸についてはガイドラインによって評価が分かれており、NICEでは腰痛への routine な鍼治療を推奨していません。そのため、鍼灸だけですべての腰痛を治すと考えるのではなく、症状や背景を評価し、必要に応じて運動・生活指導・医療機関との連携を組み合わせる姿勢が重要です。(ナイス)
鍼灸や徒手療法は、
「治してもらうための場所」ではなく、「身体への安心を取り戻すきっかけをつくる場所」
としても活用できるのではないでしょうか。
緩和・寛解・治癒の違い
医療の記事では、この3つの言葉を混同しないことも大切です。
緩和とは、痛みや苦しさなどの症状を和らげることです。
寛解とは、病気の症状や徴候が軽くなったり、一時的にほとんど見られなくなった状態を意味します。ただし、完全に治ったことを意味するとは限りません。
治癒とは、病気やけがが治った状態を意味します。ただし医学的には「今後絶対に再発しない」という意味まで含めて使うとは限りません。
そのため、慢性腰痛について施術者が説明する場合には、安易に「治癒」「完治」という言葉を使うより、
「症状の軽減」「日常生活の改善」「動ける範囲を増やす」
といった表現の方が適切です。
まとめ
腰痛が長く続いていると、
「腰の中で何かが壊れているのではないか」
と不安になるのは当然です。
しかし現在の腰痛研究が教えてくれるのは、
痛みの強さと組織損傷の大きさは、必ずしも一致しない
ということです。
腰痛には、身体の状態だけでなく、
睡眠、運動、ストレス、仕事、生活環境、不安、痛みに対する考え方など、さまざまな要素が影響します。
だからこそ、
「どこの骨が悪いのか?」
だけではなく、
「なぜ今、この人の身体は痛みを出し続けているのか?」
という視点が大切なのだと思います。
痛いから動かない。
動かないからさらに身体が弱くなる。
そして、もっと腰が怖くなる。
この悪循環から抜け出す第一歩は、
「腰は思っている以上に丈夫な構造である」
と知ることかもしれません。
腰痛をきっかけに、睡眠や運動、食事、ストレス、日々の身体の使い方を見直す。
そして必要であれば医療機関や施術者を上手に利用しながら、少しずつ「安心して動ける身体」を取り戻していく。
それが、長引く腰痛との付き合い方として、とても大切な考え方ではないでしょうか。




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